69年の夏、交錯する様々なメタファー
♪ 最初のギターは 安物の雑貨屋で買った 指から血がにじむまで弾いたものさ あれは69年の夏のこと ♪ ブライアン・アダムスの「思い出のサマー」(Summer of ’69)は、ギターを手に入れた夏の描写から始まる。1959年生まれのブライアンは1969年当時、9歳だった計算になる。彼は早熟だったのだろうか?...
View Articleレディー・ガガ Born This Way〜その生い立ちと青春時代
1986年3月28日、彼女はニューヨーク州南部のウエストチェスター郡にあるヨンカーズという街で生まれた。 シチリア島をルーツとするイタリア系アメリカ人として誕生した彼女の出生名はステファニー・ジョアン・アンジェリーナ・ジャーマノッタ。 父親はインターネット企業の実業家で、裕福な家庭環境の中、彼女は箱入り娘として育てられた。 母親は美しくて教養があり、とても優しい女性だったという。...
View Articleエディ&ザ・クルーザース〜その正体はジョン・キャファティ&ザ・ビーバー・ブラウン・バンド
『エディ&ザ・クルーザース』(Eddie and the Cruisers/1983) 1983年9月、アメリカで1本の映画がひっそりと公開された。タイトルは『エディ&ザ・クルーザース』(Eddie and the...
View Articleロナルド・レーガンの言葉に対するブルース・スプリングスティーンの返答
♪ 俺はUSAで生まれた 俺はUSAで生まれた 俺はUSAで生まれた ♪ ブルース・スプリングスティーンが1984年に発表した『ボーン・イン・ザ・U.S.A』は、政界を巻き込んで大きな論争に発展することとなった。...
View Articleブルース・スプリングスティーン〜禁じられた日々
1975年8月に発表されたブルース・スプリングスティーンの3作目『Born To Run』は、センセーションを巻き起こす。だが、その成功の喜びも長くは続かなかった。マネージャーのマイク・アペルとの関係がこじれていたのだ。アペルは『Born To Run』の共同プロデューサー、ジョン・ランダウの影響力を好ましく思っていなかった。...
View Articleクロッシング・ガード〜娘を交通事故で亡くした父親の“復讐”を描くショーン・ペン監督作
『クロッシング・ガード』(The Crossing Guard/1995) ブルース・スプリングスティーンの「Highway...
View Articleロイ・オービソン〜“ビッグ・オー”と永遠の少年たち
ロック界のVIPたちを少年の心に戻してくれたロイ・オービソン 「1975年に『Born To Run』を作るためにスタジオ入りした時、僕はボブ・ディランのような詩を書き、フィル・スペクターのようなサウンドを作り、デュアン・エディのようなギターを弾き、そして何よりもロイ・オービソンのように歌おうと努力したんだ」 1987年、ロックンロール殿堂入りの授賞式。ブルース・スプリングスティーンはそう言って...
View Article一目惚れならぬ、二目惚れで恋に落ちたトム・ウェイツ
お前と一緒だった時の服は置いていく 俺には、レイルロード・ブーツと レザー・ジャケットがあればいい トム・ウェイツは、1980年に発表した『ハートアタック・アンド・ヴァイン』に収録された「ルビーズ・アームス」で、リッキー・リー・ジョーンズとの別れを歌った。 リッキーと別れたトムは、ふたりの思い出が漂うロスを離れ、新天地ニューヨークへと活動の場を移している。...
View Articleブルース・スプリングスティーンのロンドンにおける初ライブを観て触発された若き日のジョー・ストラマー
レコード会社やマネージャーによってあたかもボブ・ディランのフォロワーのように売り出された経緯もあって、ブルース・スプリングスティーンは今ひとつパッとしないシンガー・ソングライターと見做されていた。 しかし地道なライブを積み重ねることで音楽ファンの間の一部で評判が高まっていたブルースが、朋友のE・ストリートバンドとともに作り上げた3枚目のアルバム『明日なき暴走(Born To...
View Articleグラミーの舞台でジョー・ストラマーに捧げられた「ロンドン・コーリング」
2002年12月22日、クラッシュのボーカル、ジョー・ストラマーが心臓発作により50歳で突如その生涯を終えた。 検死で分かったのは生まれつき心臓に問題があり、いつ突然死をしても不思議ではないということだった。 それから2ヶ月後の2003年2月、ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンで催された第45回グラミー賞。...
View Article歌でつながっているアメリカ合衆国で唄いつがれるスティーブン・フォスターの「故郷の人々」
アメリカ合衆国は、歌でつながっている国だと言ってもいい。 市や町や地域のコミュニティを構成する人々は多種多様だ。 それぞれのコミュニティにとってのアメリカがあり、そこには人々に必要とされる歌がある。 人々を互いに結びつけてきた歌が、コミュニティで唄いつがれて今日に生きている。...
View Articleフォスターが書いたアメリカに伝わる究極の哀歌が21世紀になって歌われ始めたのは何故か?
ここ最近になって世界でも日本でも、さまざまなシンガーによって歌われているのが、「ハード・タイムス(Hard Times Comes Again No More)」である。 18世紀にスティーブン・フォスターが書いた歌を、ボブ・ディランがアルバムに収録したのは1992年のことだ。 永遠に 私たちの耳に鳴り響く歌がある ああ、つらい時代なんてもう二度と来ないで...
View Articleあのロックバンドやポップスターはいくら稼ぐ!?〜メガツアー歴代興行収入ランキング
ゼロ年代のネットカルチャー浸透やiTunesによる単曲ダウンロード。10年代に入るとスマホやSNSアプリの台頭、新たに定額制のストリーミングサービスも登場。あれだけ飛ぶようにCDが売れまくった90年代とは打って変わり、ベストセラーの量産がほぼ不可能(アデルは例外)となった今の時代。...
View Articleハイ・フィデリティ〜音楽を聴くことの素晴らしさや興奮をもう一度取り戻したい人たちへ
『ハイ・フィデリティ』(High Fidelity/2000) 音楽を聴くこととは、一体何なのだろう? 「毎日の生活のテンションを上げたい」「楽しみが欲しい」「勇気や力をもらいたい」「救われた気持ちになる」「疲れが癒される」「大切な人と共感したい」「みんなで一緒に歌いたい」「あの頃の自分が蘇る」「仕事や企画のアイデアになる」……それぞれの想いが音楽を必要としている。...
View Articleジョン・レノンが銃弾に倒れた1980年、40代でもロックをやり続ける決意が広まった
「TAP the CHART」第20回/1980年 まずはシングルとアルバムのビルボード年間チャートTOP 10から。 【1980年のBillboard年間チャート】 ★TOP 10 SINGLES ❶Call Me / Blondie ❷Another Brick in the Wall, Part II / Pink Floyd ❸Magic / Olivia Newton-John...
View Article1984年はジャンプしたりフットルースしていると突然“紫色の雨”が降ってきた
「TAP the CHART」第2回/1984年 まずはシングルとアルバムのビルボード年間チャートTOP 10から。 【1984年のBillboard年間チャート】 ★TOP 10 SINGLES ❶When Doves Cry/Prince ❷What’s Love Got to Do with It/Tina Turner ❸Say Say Say/Paul McCartney and...
View Article1985年は伝説の“ライヴ・エイド”が開催され、音楽を通じて世界が一つになろうとした
「TAP the CHART」第3回/1985年 まずはシングルとアルバムのビルボード年間チャートTOP 10から。 【1985年のBillboard年間チャート】 ★TOP 10 SINGLES ❶Careless Whisper/Wham! featuring George Michael ❷Like a Virgin/Madonna ❸Wake Me Up Before You...
View Articleその歌は貧しい人々のために唄われた〜アメリカの名作『怒りの葡萄』と、ウディ・ガスリーという男
■富裕層と貧困層の食事を並べてみた「持てる者と持たざる者」の目に余る格差(The Huffington Postより)...
View Articleブルースが「川」を舞台に描いたアメリカ社会の暗い影
♪ 俺は、谷間の出身だ ♪ 1979年、ノー・ニュークス・コンサートに出演したブルース・スプリングスティーンは、見知らぬ曲を静かに歌い出した。それまでの熱いライブに酔いしれていた観客たちを一瞬にして別世界に誘う、魔法のようだった。 ノー・ニュークス。核に対するNoである。...
View Article怒りを爆発させたブルースが書いた「Dancing in the Dark / ダンシン・イン・ザ・ダーク」
1984年3月のとある日の明け方。ブルース・スプリングスティーンはニューヨークのホテルの1室で1人、ギターを抱えて曲を作っていた。 制作中のアルバム『Born in the U.S.A.』は、天才エンジニアと呼ばれるボブ・クリアマウンテンの手により、ほぼ完成に近づいていた。...
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