エディ&ザ・クルーザース〜その正体はジョン・キャファティ&ザ・ビーバー・ブラウン・バンド
『エディ&ザ・クルーザース』(Eddie and the Cruisers/1983) 1983年9月、アメリカで1本の映画がひっそりと公開された。タイトルは『エディ&ザ・クルーザース』(Eddie and the...
View Articleブルース・スプリングスティーンが探し求めたトム・ジョードの亡霊
ブルース・スプリングスティーンが1995年に発表した「The Ghost of Tom Joad」(トム・ジョードの亡霊)。トム・ジョードは、20世紀のアメリカを代表する作家、スタインベックの『怒りの葡萄』の主人公の名前である。...
View Articleロナルド・レーガンの言葉に対するブルース・スプリングスティーンの返答
ブルース・スプリングスティーンが1984年に発表した『ボーン・イン・ザ・U.S.A』は、政界を巻き込んで大きな論争に発展することとなった。 事の起こりは、人気コラムニスト、ジョージ・ウィルが9月13日のボスのステージを観たことだった。「ボーン・トゥ・ラン」で時代のヒーローとなっていたスプリングスティーンのコンサートに、何故この保守的なコラムニストが足を運ぶ気になったのかは、わからない。...
View Article外は雨、猛吹雪。もう外へは出たくない 30年前のスプリングスティーンの叫び声が日本を直撃する
ブルース・スプリングスティーンがこの曲を書いたのは1981年のこと。後に大統領再選にブルースの曲を使おうとしたロナルド・レーガンが大統領になった年である。 ♪死者の町に生れ落ち 地に足をつけた途端 最初の蹴りを食らった 打ちのめされた犬のように 人生の半分は、身を隠すようにして 生きることになる ♪...
View Article怒りを爆発させたブルースが書いた「Dancing in the Dark / ダンシン・イン・ザ・ダーク」
1984年2月のとある日の明け方。ブルース・スプリングスティーンはニューヨークのホテルの1室で1人、ギターを抱えて曲を作っていた。 制作中のアルバム『Born in the U.S.A.』は、天才エンジニアと呼ばれるボブ・クリアマウンテンの手により、ほぼ完成に近づいていた。...
View Articleアメリカが生んだ2人の偉大なミュージシャン、ディランとブルースによる共演
詩人、そしてフォーク・シンガーとして知られるボブ・ディランだが、ロックにも多大な影響を与えたことが評価されて、1988年にロックの殿堂入りとなる。 その授賞式でディランをステージに招く役目を担ったのがブルース・スプリングスティーンだった。ブルースはスピーチでディランの音楽と出会ったときのことを話す。...
View Articleブルース・スプリングスティーンが迎える68歳の誕生日によせて
75歳になっても元気にツアーを続けているポール・マッカートニーが9月15日の夜、ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンで2日間にわたる公演をスタートさせた。そこにブルース・スプリングスティーンが登場したのは、アンコールのときだったという。(このコラムは2017年9月23日に公開されたものです)...
View Articleブルースが「川」を舞台に描いたアメリカ社会の暗い影
♪俺は、谷間の出身だ♪ 1979年、ノー・ニュークス・コンサートに出演したブルース・スプリングスティーンは、見知らぬ曲を静かに歌い出した。それまでの熱いライブに酔いしれていた観客たちを一瞬にして別世界に誘う、魔法のようだった。 ノー・ニュークス。核に対するNoである。...
View Article父親との確執。肩まで髪を伸ばした若きブルースの前に無口で立ち塞がった「親父」の記憶
「親父とは話ができなかった。親父の方も俺に口を開こうとしなかったし、母親も親父に話しかけることはなかった」 前回のコラムはこちらから 1981年、2枚組アルバム「ザ・リバー」を発表した翌年、ブルースはステージの上でそう語り始めた。...
View Article「明日なき暴走」を続けたボスが大人となる責任を感じた瞬間
1980年。ブルース・スプリングスティーンは、2枚組大作『ザ・リバー』を発表する。このアルバムは前作『闇に吠える街』の延長線上の作品を想定していた人たちを、少なからず驚かせることになった。 たとえば、『闇に吠える街』に収められた「暗闇へ突っ走れ」には次のような歌詞がある。それは、 ♪ 盗むこと 騙すこと 嘘をつくこと そして生きて、死ぬってことが どういうものなのか ♪...
View Articleブルース・スプリングスティーンをも巻き込んで世界を股にかけた『ヒューマン・ライツ・ナウ』
1986年10月末、ロサンゼルスのホテルでは2人の男がランチをとりながら、ロックスター達を巻き込んだ壮大な計画について話し合っていた。 一人は国際人権NGO、アムネスティのアメリカ支部で事務局長を務めるジャック・ヒーリー。もう一人はアムネスティが手がけた慈善ショウ、『シークレット・ポリスマンズ・ボール』のプロデュースを手がけた作家、マーティン・ルイスだ。...
View Article1985年は伝説の“ライヴ・エイド”が開催され、音楽を通じて世界が一つになろうとした
「TAP the CHART」第3回/1985年 まずはシングルとアルバムのビルボード年間チャートTOP 10から。 【1985年のBillboard年間チャート】 ★TOP 10 SINGLES ❶Careless Whisper/Wham! featuring George Michael ❷Like a Virgin/Madonna ❸Wake Me Up Before You...
View Article1984年はジャンプしたりフットルースしていると突然“紫色の雨”が降ってきた
「TAP the CHART」第2回/1984年 まずはシングルとアルバムのビルボード年間チャートTOP 10から。 【1984年のBillboard年間チャート】 ★TOP 10 SINGLES ❶When Doves Cry/Prince ❷What’s Love Got to Do with It/Tina Turner ❸Say Say Say/Paul McCartney and...
View Articleジョン・レノンが銃弾に倒れた1980年、40代でもロックをやり続ける決意が広まった
「TAP the CHART」第20回/1980年 まずはシングルとアルバムのビルボード年間チャートTOP 10から。 【1980年のBillboard年間チャート】 ★TOP 10 SINGLES ❶Call Me / Blondie ❷Another Brick in the Wall, Part II / Pink Floyd ❸Magic / Olivia Newton-John...
View Article1975年はブルース・スプリングスティーンの『明日なき暴走』にロックの未来を見た
「TAP the CHART」第27回は、1975年を取り上げます。まずはシングルとアルバムの年間チャートTOP 10から。 【1975年のBillboard年間チャート】 ★TOP 10 SINGLES ❶Love Will Keep Us Together / Captain & Tennille ❷Rhinestone Cowboy / Glen Campbell...
View Articleジム・モリソン27歳〜“終わりの歌”が放つ永遠の閃光
1966年、23歳のジム・モリソンが書いた別れの詩。この翌年、ザ・ドアーズが発表したデビュー・アルバム『The Doors』のラストに「The End」として収録された。 約12分にも及ぶこの楽曲は、後にフランシス・F・コッポラの映画『地獄の黙示録』の挿入歌として使用され、強烈な印象を世界中に放った。ジムとコッポラ監督はUCLA映画学科時代の同級生だった。...
View Articleロックンロールが開いてくれた扉から生まれてきた佐野元春の「SOMEDAY」
ブルース・スプリングスティーンの「ハングリー・ハート」がアメリカで全米チャートの5位にランクされるヒットになったのは、1980年の年末から翌年にかけてのことだ。 それから半年後、日本では佐野元春の「SOMEDAY」が6月25日にシングルで発売になった。 しかし発売した当時、このレコードはそれほど反響があったわけではなく、シングルチャートでは100位にも入っていない。...
View Articleブルース・スプリングスティーンとクラレンス・クレモンズ〜永遠のミッシング・リンク
ブルース・スプリングスティーンの自伝的作品「Tenth Avenue Freeze-Out」(『Born To Run』収録)にはこう歌われている。「ビッグ・マンがバンドに加わって、転機が訪れた」と。 ブルースとザ・ビッグ・マンことクラレンス・クレモンズの出会いは今や伝説だが、クラレンスは半分は作り話と認める愉快な自伝『Big...
View Articleブルース・スプリングティーン~ビッグマンとボス
それは嵐の夜だった。 1971年9月のある夜、まだ若かりし頃の“ボス”ことブルース・スプリングスティーンは、自身のバンドとともに地元のニュージャージー州にあるクラブで演奏していた。 そこにサックスを持って現れたのが“ビッグマン”の異名を持つ黒人の大男、クラレンス・クレモンズだ。...
View Articleブルース・スプリングスティーンの「天国への扉」を聴いてディランに蘇った原風景
2015年2月6日。 グラミー賞の2日前となるこの日、ロサンゼルスのコンベンション・センターではボブ・ディランのトリビュート・コンサートが催されていた。...
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